若手研究者へ 記事の一覧です
†と‡
JNCIなどの昔からある論文誌では、表の説明のところに*、†、‡、§などがでてくることがあります。これらをパソコンで入力するのに苦労されたことはありませんか。「*」は「アスタリスク」、「†」は「ダガー」、「‡」は「ダブルダガー」、「§」は「セクション」と入力して変換すると出てきます。
「*」は「星印;asterisk」と呼ばれ、「†」は「短剣符;dagger」と呼ばれます。たしかに短剣のような形をしていますね。「§」は「節記号;section sign」呼ばれ、ラテン文字のSを重ねた字形に由来するそうです。
若い頃、論文を書くときに、タイプライターだったので、これらのマークを打つのに苦労して、手書きをしていたこともありました。
p値で「<0.05」を「*」、「<0.01」を「**」と書くことも多いですね。
疫学の3分野
人集団を用いて、疾病の発症機序や治療、予防法などを研究する疫学は、「記述疫学」「分析疫学」「介入疫学」の3つの分野に分けることができます。「記述疫学」と「分析疫学」は観察研究になります。
「記述疫学」は、との地域にどのような病気が多いか、時代と共にどのような病気が増えてきたか、などを調べてまとめます。代表的研究として癌登録や人口統計などがあります。データを多数集めて、それをグラフにして、いろいろな仮説を考える学問で、多くの知識や豊かな想像力が必要で、思いもかけない大きな発見ができる可能性もある面白い分野です。
「分析疫学」は、仮説を証明するためにデータを集める研究で、主な手法として「症例対照研究」と「コホート研究」があります。「記述疫学」は、力仕事で大量のデータを集めますが、「分析疫学」は、いかにスマートに必要最低限の情報を集めて質の高い知見を出すかが重要な頭を使う学問です。症例対照研究やコホート研究で使うアンケートは、必要な項目が抜けていたら研究は失敗しますし、たくさんの項目を入れすぎるとアンケートを書くのに疲れて正確な調査ができません。アンケートを見るだけで、それを作った研究者がどの程度優れているのか、すぐに分かります。この分野の研究者は、頭の切れる先生が多いですね。
「介入疫学」は、臨床試験の方法論を理論構築する学問です。臨床試験のいろいろな方法論は、介入疫学により理論構築されています。ただ、介入疫学の考え方は、記述疫学、分析疫学の考え方に基づいて構築されていますので、臨床試験を勉強する時には、介入疫学だけではなく、記述疫学、分析疫学も一緒に勉強するのがお勧めです。
学問は体系的に勉強すると、応用力がついて、飛躍的な研究ができますね。
十二指腸潰瘍の人は胃癌になりにくい
20年以上前、まだ、ヘリコバクター・ピロリ菌(以下ピロリ菌)が発見されていなかった頃、十二指腸潰瘍と胃潰瘍は、攻撃因子である胃酸と、防御因子である粘液や血流などのバランスが乱れて発症すると考えられていました。また、胃癌の原因はほとんどわかっていませんでした。
ただ、十二指腸潰瘍の人は胃癌になりにくいことは、かなり以前から知られていて、1990年代にはトップジャーナルのN Engl J Medでも2つの論文(325: 1127-31, 1991、335: 242-9, 1996)で報告され、確実な知見とされていました。
その後、十二指腸潰瘍の原因としてピロリ菌が発見され、多くの研究によりピロリ菌は胃潰瘍や十二指腸潰瘍の原因であることが明らかにされました。しばらくして、胃癌もピロリ菌が原因ではないかという報告が出てきたのですが、前述の「十二指腸潰瘍患者は胃癌になりにくい」という知見と矛盾するため、研究者達は大変混乱しました。
皆さんは、十二指腸潰瘍も胃潰瘍もピロリ菌が原因であることは知っていますね。では、前述の矛盾はどのように説明できると思いますか?
十二指腸潰瘍は若い人がなりやすく、胃癌は高齢者がなりやすいので、年齢で補正したらその矛盾は消えるのではないかとも思われましたが、年齢で補正してもやはりその傾向は残りました。
十二指腸潰瘍と胃癌の患者さんのピロリ菌の感染時期が違うのではないか、という仮説もだされました。幼少時期に感染し長期間炎症が起こると萎縮性胃炎が強く起こり胃酸が出にくく、十二指腸潰瘍にはならず、胃癌になるのではないか、という仮説です。ただ、発展途上国では幼少時期に感染する人が多いのですが、十二指腸潰瘍も多く、仮説にあいません。ピロリ菌の持続感染は幼少時期に感染することがほとんどですが、青年期にピロリ菌に感染して持続感染した場合には、十二指腸潰瘍になり、胃癌にはなりにくいかもしれません。
食事や飲酒、喫煙習慣などの違いにより十二指腸潰瘍になったり、胃癌になったりするのではないか、と考える研究者もいました。胃癌の患者さんの方が、喫煙や高濃度の塩の摂取が多い、新鮮野菜や果物の摂取が少ない傾向はありましたが、これだけでは説明することはできませんでした。
そこで考えられたのが、感染したピロリ菌の種類が違うのではないかという仮説です。大分大学の山岡吉生先生方が発見されたDupAを産生するピロリ菌は十二指腸潰瘍に多いようです。まだ、DupAだけでは完全には説明できないですが、かなり重要な働きをしているようです。
ピロリ菌が発見された当時の研究者や臨床医は、胃癌が感染症とはとても信じることができず、多くの議論がありました。そのときに、胃癌の原因はピロリ菌でないという根拠として、十二指腸潰瘍との関係が示されることがありました。過去の知見に縛られず、柔軟な頭でいろいろな可能性を考えることが重要ですね。
病膏肓に入る(やまいこうこうにいる)
食道癌の内視鏡治療時に穿孔して縦隔炎を起こすと治療に難渋することが多いです。「病膏肓に入る」ということわざをご存じでしょうか。「膏」は心臓の下、「肓」は横隔膜の上部にあたり、ここに病気が入ると治療ができないとされたことから、病気がひどくなり、治しようがなくなることを言い、そこから、何かに熱中しすぎて、どうにも抜け出せなくなることのたとえとなりました。学生時代に「膏肓は後縦隔のことで、ここに炎症がおこると治せなくなるます」との講義を受けたことがあり、ここに炎症がおこることもあるのだなぁ、と思いましたが、食道穿孔はまさに「病膏肓に入る」ですね。
大腸癌の原因はウイルス?
私が若い頃、大腸内視鏡検査をしていると、大腸に腺腫が限局して多発している患者さんを時々認めました。なんとなく、そのポリープは腸管の背部側に多いような感じもあり、腸液の中にウイルスがいて、寝ている時に長時間暴露することによりウイルス性疣贅(いぼ)と同じように腺腫ができたのではないかと大胆な仮説を考えたことがありました。
その頃、私は大阪府立成人病センター(現在の大阪国際がんセンター)の研究所で勤務しており、総長はウイルス発癌でご高名な豊島久真男先生でしたので、豊島先生に相談したところ、ウイルス性を疑うポリープだったら、それを電子顕微鏡で調べて、細胞質内の電顕顆粒(ウイルス粒子ですね)を探すと良いですよ、と教えて頂き、限局的に腺腫が集まっている患者さんがいたら、そのポリープを電子顕微鏡で調べてみました。ウイルス性であれば、角張った顆粒の集簇が見つかるはずだったのですが、残念ながらゴミの様なものが数個見つかる程度で、しばらくしてその研究はあきらめました。
今、考えると、胎生期にAPC遺伝子に変異をおこしたモザイク症例だったのかもしれません。
ただ、大阪大学の宮本誠先生方の研究グループでは、自然発生大腸癌ラットを報告されていて、その原因としてウイルスが有力候補でした。
宮本誠先生の報告資料:
https://cir.nii.ac.jp/crid/1040282256546685184
ラットではウイルスにて大腸癌が発生することがあるのは確実のようですし、人でもウイルスによる大腸発癌があるかもしれません。興味のある先生がおられたら、ぜひともウイルス探しをしてください。
「為」、「尚」は漢字で書いていますか?
原稿などを書くとき、「為」や「尚」など、漢字で書くのが良いか、ひらがなにした方が良いか、迷うことはないでしょうか?
どちらでも良いようにも思いましたが、気になったのでネットで検索してみたら下記の資料を見つけました。
https://www.nichigakushi.or.jp/about/pdf/youjiyougo_kisoku.pdf
公益社団法人日本学校歯科医会から出された指針ですが、とても詳しく書かれていて、参考になりました。
「予め(あらかじめ)」、「未だ(いまだ)」、「概ね(おおむね)」は漢字で書かないのですね。私は、これまで漢字で書いていました。「頂く(いただく)」は、「物をもらう」もらうとき以外はひらがななのですね。「尚(なお)」、「従って(したがって)」、「但し(ただし)」もひらがなとは思っていなかったです。「更に」などは副詞で使うときには漢字にすることも知らなかったです。
「の為(のため)」や「して下さい(してください)」もひらがなで書くのですね。「3ヶ年」はだめで「3か年」と書くことは、聞いたことがあるように思います。「3千人」はだめで「三千人」と書くのもなんとなくそのようにしていたように思います。
「才女」や「婦人」、「未亡人」、「床屋さん」などが使ってはいけない単語であるのも知らなかったです。難しいですね。「難病」と使用しないとされていますが、「指定難病」という用語もあるので、ちょっとやり過ぎとも思いました。
パソコンで文章を書くようになって、簡単に漢字変換できるようになったので、ちょっと偉そうに漢字を多用することが多かったですが、漢字を使うのも、それなりに気をつける必要がありますね。
この日本学校歯科医会の指針が絶対ということはないと思いますが、かなり興味深く読むことができました。
大腸癌の性差
大腸癌は、男性と女性、どちらが多いのでしょうか。国立がん研究センターの「がんの統計2021」をみると下記のように書かれています。
「がんの統計20201」のホームページ
https://ganjoho.jp/public/qa_links/report/statistics/pdf/cancer_statistics_2021_fig_J.pdf
2020年の予測大腸癌死亡数:
男性28,800人、女性25,200人
2020年の予測大腸癌罹患数:
男性90,000人、女性68,600人
大腸癌の死亡数は、男性と女性はほぼ同じですが、罹患数は女性に比べて男性は1.3倍多いです。大腸腺腫に関しては、女性に比べて男性はとても多いことが知られています。
この性差は、どのような理由でおこっているのでしょうか。下記のような仮説が考えられますね。
・男性より女性の大腸癌の悪性度が高く、致死率が高い。
・女性の大腸癌の進行が速いため診断されにくい。
・女性の大腸癌は腺腫を経ないものが多い。
・女性は進行癌で発見されることが多い(あまり検診を受けないから?症状が出にくいから?)。
・女性と男性で年齢分布が違う。
・男性は大腸癌になっても他の病気で死亡しやすい。
・女性は大腸癌で亡くなりやすい(貧血の人が多いから?)
・女性の方が抗癌剤や外科治療の成績が悪い。
これらの仮説を検証する方法の一つが疫学です。どのような疫学的手法を用いたら、上記の仮説を証明できるのか、考えると疫学の勉強になりますよ。
疫学の弱点
前回のブログに記しました「3た論法」や「開業医バイアス」などを防いで真実の知見を得る方法を示す科学が「疫学」ですが、疫学も万能ではありません。疫学にも大きな弱点があります。疫学は、人集団を用いて、病気の原因や予防法、治療法を見いだす科学ですが、それらの知見を把握するためには、長時間かかることが多いです。細胞培養の実験や、動物実験などでは、結果は数時間、数日、数ヶ月で明らかになりますが、人集団で病気の発症や薬の効果をみるためには、数年、数十年の期間が必要になることがほとんどです。
代表的な疫学研究であるコホート研究では、病気の発症までに少なくとも十数年かかるため、今、コホート研究で得られた知見は、十数年以上前の状況における知見になります。急激に科学や医学が進歩している現在において、十数年前の治療法や検査法の知見ではまったく役にたたないこともあります。
十数年前には、心カテの技術や、内視鏡治療の技術も進歩しておらず、免疫チェックポイント阻害剤なども発見されていませんでしたので、その時期の治療成績で、現在のそれらを活用した治療方針を決めることはできません。また、食生活や喫煙状況なども変化していますので、過去の知見を現在の生活に当てはめることもできないかもしれません。
ピロリ菌が発見される前に大量に集積された胃癌の疫学データなどは、ピロリ菌の発見により、劇的に疫学データの解釈は変化しました。
科学は一つ一つの知見の積み重ねであるとともに、大きなブレイクスルーによっても進歩するものですので、過去の知識に固執せず、柔軟な頭で、得られたデータを解釈することが必要ですね。
開業医バイアス
開業医の先生方は、自分が名医と思いやすい状況に陥りやすいです。なぜならば、患者さんがクリニックを受診して、治療が奏功して調子が良くなったら、先生の治療が良かったと思い通院を継続しますが、良くならなかったら通院をやめて他のクリニックや病院に移ることが多いため、そのクリニックに通院している患者さんは治療が奏功した人ばかりになってしまいます。そのため、そのクリニックの先生は、「自分のところに通院する患者さんはすべて上手に治療できている」と思ってしまいます。私は、この現象を「開業医バイアス」と言っています。前回のブログで記しました「3た論法」と同じく、臨床医が気をつけるべきバイアスですね。
3た論法
「使った、治った、効いた」という「3た論法」を聞いたことがありますでしょうか。
「使った、治った、(だから)効いた」という論法は、臨床の現場でよくおこる勘違いです。「この症状の時にこの薬を使ったら、すぐに治った。この薬は本当に良く効くなぁ」と思うことは、臨床の現場ではよくあります。しかし、数人の患者さんの経験だけで、このような思いこみをすることがとても危険なことは、EBMの考えを理解している皆さんはすぐに気がつくと思います。ただ、印象的な症例があった場合など、医師も人間ですので思いこんでしまうことはある程度仕方ないですね。常にそのような思いこみが起こる可能性に気をつける必要があります。
ちょっと話はずれますが、私達は、今、家族性大腸腺腫症で手術を希望されない患者さんに大腸内視鏡検査でポリープを徹底的に摘除することにより大腸切除術を避ける研究の論文を投稿中なのですが、おそらく外科医と思われる査読者から「私の家族性大腸腺腫症の患者で手術を拒否した者は1人もいない」とのコメントがあり、メジャージャーナルの査読をするような大先生でも思いこみはあるのだなと、ちょっと驚きました。
病気や怪我の多くは、何もしなくても自分の治癒力により自然に回復します。そのときに、効果のない化学物質や生活指導をしていると、それが効いたように勘違いされます。 「3た論法」の多くはこのような場合と思われますが、それだけではなく、「平均への回帰(regression to the mean)」による影響の場合もあります。例えば、ドックなどでコレステロールの高い人を集めてきて、その人達を再度、採血をすると何もしなくてもコレステロール値が減少する現象です。例えば、高脂血症の患者さんを集めて、ある健康食品を摂取してもらい、その後、採血をしてコレステロールが有意に減少したので「この健康食品はコレステロールを減少させることが証明された」という報告などがありますが、この減少は「平均への回帰」現象をみているだけの可能性が大きいです。この「平均への回帰」の影響をコントロールするために、無作為割付試験が必要になります。
このようなことを整理して真に近いエビデンスを出す方法論がまとめられた学問が疫学です。疫学に興味のある方は、以前にご紹介しました中村好一先生の「基礎から学ぶ楽しい疫学」をぜひとも熟読して疫学を勉強してくださいね。