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若手研究者へ 記事の一覧です

オッズ比

リスク比に似た指標にオッズ比(odds ratio:OR)があります。これも日本疫学会が出している「疫学用語の基礎知識」では下記のように書かれています。

「オッズとは、「見込み」のことで、ある事象が起きる確率pの、その事象が起きない確率(1 − p)に対する比を意味する。オッズ比とは二つのオッズの比のことであり、コホート研究での累積罹患率(罹患率)のオッズ比と、症例対照研究での曝露率のオッズ比がある。前者は曝露群と非曝露群それぞれの罹患/非罹患オッズの比であり、後者は罹患率と非罹患率それぞれの曝露/非曝露オッズの比である。」「症例対照研究の場合、相対危険と寄与危険を直接計算することはできないが、①患者群・対象群が母集団を代表していること、②疾病の発症率が低いこと、などが成り立つとき、オッズ比により相対危険の近似式として用いる。」多変量解析のロジスティック回帰分析では、結果はリスク比ではなく、オッズ比で出ることに注意が必要ですね。

オッズ比を示すときには「○○倍になった」と言ってはいけないことも注意しましょう。

オッズ比とリスク比については、下記のホームページ内の新谷先生の解説動画がとてもわかりやすいので参考にして下さい。

https://haru-reha.com/risk-odds/

RRは何の略?

論文を読むと結果を示す表にRRと書かれていることがありますね。これは何を指しているのでしょうか。結果を示すところに書かれているRRには下記の2種類があります。

・相対危険度(relative risk:RR)

・リスク比(risk ratio: RR)

日本疫学会が出している「疫学用語の基礎知識」では下記のように書かれています。

「危険因子に曝露した群の罹患リスク(危険)の、曝露していない群の罹患リスクに対する比で示される。リスク比ともいう。すなわち、「危険因子に曝露した場合、それに曝露しなかった場合に比べて何倍疾病に罹りやすくなるか(疾病罹患と危険因子曝露との関連の強さ)」を示す。疫学の要因分析で重要な指標である。」すなわち、相対危険度とリスク比は同じですね。

「elderly」は使ってはいけない?

ある論文を投稿するためにネイティブチェックを受けたところ、「elderly」がすべて「older」に修正されました。そこで、共著者先生がネットで検索して下記のとても興味深いホームページを見つけてくれました。

https://www.hcs.tsukuba.ac.jp/~koureicare/documents/vol10_no2_2.pdf

これをみますと、高齢者を英語で表記する際には elderly や old ではなく、older という表現の使用が適切と書かれていました。やはり英語を母国語にしていない私達には絶対にわからないことですね。

Zelenの方法

皆さんは、「Zelenの方法」をご存じでしょうか。倫理的問題が大きいため、原則として実施してはいけない研究方法ですが、非常に高名な統計学者のZelen先生が、トップジャーナルであるNew Engl J Medで昔、提案した臨床試験の方法です。

一般的な無作為割付試験では、最初に試験内容を説明して同意を得てから無作為に2群に割り付けます。「先呼びかけ・後割付」ですね。

それに対して、Zelenの方法では適格症例に対して、同意を得る前に割付をして新治療になった人のみに参加を呼びかけ、同意を得て新治療を行います。「先割付・後呼びかけ」です。

Zelenの方法

この試験では、新治療を行った患者さんと標準治療群に入った標準治療の集団で比較を行います。臨床の現場の手間としては、単群介入試験を行う場合とほとんど変わらず、簡便に無作為割付試験ができる方法として提案されましたが、現在は、この方法は倫理的問題が大きいため、原則、実施することはできません。

この方法のどこに倫理的問題があるのでしょうか。「標準治療群」に割り付けられた人は、自分が知らないうちに試験の対象者にされて、標準治療の経過を観察されています。自分の情報を自分でコントロールできないことが問題なのです。

よく似た研究方法にヒストリカル・コントロールを比較対照にする研究があります。この方法でも、ヒストリカル・コントロールになる集団からの情報は、研究開始時点までの情報しか使うことはできません。研究開始後の情報も収集したいのであれば、その集団からも同意を得る必要があることに注意しましょう。

発疹は「はっしん」、「ほっしん」?

最近、サル痘のニュースをテレビでよく観ますね。そのとき、発疹を「はっしん」と発言するアナウンサーと「ほっしん」と発言するアナウンサーがいることに気がつきました。NHKでは「はっしん」と読んでいるようですね。医師は「ほっしん」と言っていることがほとんどと思い、ネットで調べてみました。

「放送で標準とする読み方例」(日本新聞協会新聞用語懇談会『新聞用語集2007年版』)によると、①ハッシン、②ホッシン(学術用語集で「医学編」では「ハッシン」。「発疹チフス」は「ホッシン~」)と記されていました。また、『NHK日本語発音アクセント新辞典』(2016年)では、「ハッシン」(許容 ホッシン)となっていました。

NHKの委員が書いた記事では、「伝統的な読み方では、大正3年(1914年)の辞書『辞海』では『ハッシン』とあり、実は『ホッシン』のほうが新しい。『発作(ホッサ)』と混同して『発疹(ハッシン)』も『ホッシン』と読むようになったのではないだろうか?平成6年(1994年)に行ったNHKの調査では、『ハッシン』=50%:『ホッシン』=47%だったが、その後『ホッシン』は増えているようだ。」とありました。

どちらでもよさそうですね。ただ、医療関係者は「ほっしん」と言う人が多いと思います。

ハイリスクとローリスク

大腸に多数の腺腫がある人は大腸癌の高リスク群(ハイリスク群)ですね。それに対して、大腸に腺腫が1~2個認める場合、ハイリスク群より大腸癌の危険性が低いので「低リスク群(ローリスク群)」と称する方がおられます。私は、このような集団は「低リスク群(ローリスク群)」ではなく「軽リスク群(マイルドリスク群)」と言う方が誤解されにくいのではないかと考えています。

疫学では、一般集団におけるリスクを「平均リスク群(アベレージリスク群)」と称します。「平均リスク群」よりリスクの低い集団を「低リスク群(ローリスク群)」と称し、「スーパーノーマル」と言うこともあります。

従って、「平均リスク群」よりリスクは高いが、ハイリスク群ほど高くない場合は「低リスク群(ローリスク群」ではなく「軽リスク群(マイルドリスク群)」と言った方が誤解されにくいですね。

ただ、「high」に対するのは「low」、「mild」に対するのは「severe」なので、「ハイリスク群」は「シビアリスク群」と言わなければならないかもしれませんね。言葉は難しいです。

潰瘍性大腸炎が悪化したら絶食した方が良いのか?

以前は潰瘍性大腸炎が悪化して入院したら、すぐに持続点滴をして絶食にしていました。場合によっては中心静脈栄養(IVH)までして、長期間の絶食が普通でした。絶食にする根拠はあるのでしょうか。実は、絶食をする群としない群での比較試験が行われ、絶食にした方が、手術になってしまう割合が多いとの臨床試験の結果も報告されていたのです。

私は、潰瘍性大腸炎の患者さんが悪化して入院しても、本人が食事をしたいと言う限り、絶食はしないようにしていました。

その理由は、前のブログで書きましたように食物繊維は大腸粘膜の修復にとって重要な成分であるだけでなく、絶食は、かなりストレスになるからです。

潰瘍性大腸炎は、ストレスにより悪化します。ストレスには、肉体的ストレス(寝不足、過労、脱水、過度の日焼けなど)と精神的ストレス(不安、恐怖、悲しみ)があり、どちらでも悪化します。食事をしたいのに絶食をしなくてはならないことは、かなり大きな肉体的、精神的ストレスになると思います。

ただ、潰瘍性大腸炎が悪化して、とても食事が摂れないような状況であれば、持続点滴をして、脱水を防ぎ、栄養状態を改善すべきですね。

潰瘍性大腸炎は低残渣食にすべきなのか?

私が大阪府立成人病センターで潰瘍性大腸炎の診療をしていたとき、何人もの患者さんがほぼ同時期に悪化したことがありました。不思議に思い、患者さんに話を良く聞いてみると、皆さん、保健所の講習会に参加して、そのときに講師の先生から潰瘍性大腸炎の患者さんは低残渣食にするようにとの指導を受けていました。真面目な患者さん達は、その話を信じて、普通の食材も裏ごしするぐらい、徹底して食物繊維を避けた食事をしました。

おそらく、その講演をされた先生は、食物繊維は硬いので、それが大腸粘膜をゴリゴリと傷つけることをイメージされて、そのような話をしたのかもしれませんね。しかし、その当時から、食物繊維を投与する臨床試験の報告はあり、緩解期における再燃予防には食物繊維の投与が良いことも報告されていました。

食物繊維は、人の消化酵素では分解されず、吸収もされませんが、大腸内で腸内細菌により短鎖脂肪酸などに分解され、それが大腸粘膜の重要な栄養源になります。食物繊維を摂取しないと大腸粘膜に栄養が届かないため粘膜の修復が悪くなるのが食物繊維を摂取しなければ潰瘍性大腸炎が悪化する理由と考えています。

急に食物繊維の摂取をやめたために、私の患者さん達は、再燃してしまったようです。食事指導は、なんとなくイメージで話をしてしまうことも多いように思いますが、やはりエビデンスを大切にすべきですね。

その後、国立がん研究センターにおられた佐々木敏先生が、EBN(evidence based nutrition;根拠のある栄養学)を提唱され、現在は、多くの疾患でエビデンスを重視した食事指導がされています。

現在では、食物繊維を大量に含む発芽大麦の摂取が、潰瘍性大腸炎の治療法の一つにまでなっています。

潰瘍性大腸炎は牛乳を飲んではだめなのか?

まずは、牛乳を紹介します。皆さんは、潰瘍性大腸炎の患者さんには牛乳を避けるように説明されていますでしょうか。私が若い頃には、教科書に「牛乳は避けるように」と書かれていたので、その根拠となる原著を探したことがあります。その時代は、今のようにネット検索はできませんので、教科書を書かれた先生に尋ねたりしました。執筆された先生のなかには、以前の教科書をみて、そのように書いてあったので、そう書いたと話された先生もいました。

その当時、潰瘍性大腸炎は欧米に多い疾患でしたが、欧米の教科書には牛乳を避けることは書かれていなかったです。いろいろ探してみると、日本で最初にそのことを書いた先生は、潰瘍性大腸炎と乳糖不耐症を誤訳していた可能性があるようでした。その後、潰瘍性大腸炎も乳糖不耐症も下痢をする病気なので、下痢をしやすい牛乳は避けるということが、違和感なく受け入れられたのかもしれません。

潰瘍性大腸炎の患者さんが牛乳を飲んではいけないという研究報告はないようでしたが、若造の私が牛乳を避ける必要はないと言ってもだれも信じてくれません。そこで、その頃、多数の潰瘍性大腸炎を診療されていて、当時、東大におられた武藤徹一郎先生に相談したところ、教科書に「潰瘍性大腸炎の患者には、乳糖不耐症により乳製品で下痢をする人以外は、乳製品の摂取を許可してもかまわない。乳製品摂取のために症状が悪化した例は経験したことがない。」と書いてくれました。超大御所の武藤先生が、このように書いてくれたおかげで、現在は潰瘍性大腸炎患者さんに牛乳を避けるようにという先生は、ほとんどいなくなったように思います。

ただ、日本人は乳糖不耐症が多いですので、潰瘍性大腸炎患者さんも牛乳を飲むと下痢をする人は、やはり避けた方が良いですね。

潰瘍性大腸炎の常識・非常識

私は、最近は主に癌関係の研究をしていますが、若い頃は潰瘍性大腸炎の研究もしていました。
30年ほど前は、まだ、潰瘍性大腸炎の患者さんも少なく、治療薬もステロイドやサラゾピリンぐらいしかありませんでした。症状が改善しなければステロイドを長期間投与することもあり、ステロイドによる副作用で十二指腸潰瘍や白内障、圧迫骨折、成長障害などになっている患者さんもおられました。
治療方針も学派によりバラバラで、ステロイドを大量に投与してがっちり治療する学派、すぐに大腸全摘術をする学派、なるべくステロイドを使わず病気と付き合っていく学派(私はこの学派でした)などが乱立している状況でした。
その頃、潰瘍性大腸炎の治療として、牛乳は飲んではいけない、低残渣食を心がける、症状悪化時には絶食することが常識でした。当時の潰瘍性大腸炎の教科書には「炎症性腸疾患については科学的裏づけがある明確な食事指導法はないといってもよいでしょう。しかし、食事指導は不可欠です!」などと、訳の分からないことまで書かれていました。その後、これらの常識は覆されていきました。
これから、数回にわたり、本ブログで、潰瘍性大腸炎の常識が変わっていったことを紹介したいと思います。