3た論法
「使った、治った、効いた」という「3た論法」を聞いたことがありますでしょうか。
「使った、治った、(だから)効いた」という論法は、臨床の現場でよくおこる勘違いです。「この症状の時にこの薬を使ったら、すぐに治った。この薬は本当に良く効くなぁ」と思うことは、臨床の現場ではよくあります。しかし、数人の患者さんの経験だけで、このような思いこみをすることがとても危険なことは、EBMの考えを理解している皆さんはすぐに気がつくと思います。ただ、印象的な症例があった場合など、医師も人間ですので思いこんでしまうことはある程度仕方ないですね。常にそのような思いこみが起こる可能性に気をつける必要があります。
ちょっと話はずれますが、私達は、今、家族性大腸腺腫症で手術を希望されない患者さんに大腸内視鏡検査でポリープを徹底的に摘除することにより大腸切除術を避ける研究の論文を投稿中なのですが、おそらく外科医と思われる査読者から「私の家族性大腸腺腫症の患者で手術を拒否した者は1人もいない」とのコメントがあり、メジャージャーナルの査読をするような大先生でも思いこみはあるのだなと、ちょっと驚きました。
病気や怪我の多くは、何もしなくても自分の治癒力により自然に回復します。そのときに、効果のない化学物質や生活指導をしていると、それが効いたように勘違いされます。 「3た論法」の多くはこのような場合と思われますが、それだけではなく、「平均への回帰(regression to the mean)」による影響の場合もあります。例えば、ドックなどでコレステロールの高い人を集めてきて、その人達を再度、採血をすると何もしなくてもコレステロール値が減少する現象です。例えば、高脂血症の患者さんを集めて、ある健康食品を摂取してもらい、その後、採血をしてコレステロールが有意に減少したので「この健康食品はコレステロールを減少させることが証明された」という報告などがありますが、この減少は「平均への回帰」現象をみているだけの可能性が大きいです。この「平均への回帰」の影響をコントロールするために、無作為割付試験が必要になります。
このようなことを整理して真に近いエビデンスを出す方法論がまとめられた学問が疫学です。疫学に興味のある方は、以前にご紹介しました中村好一先生の「基礎から学ぶ楽しい疫学」をぜひとも熟読して疫学を勉強してくださいね。
附属と付属
「附属病院」と「付属病院」、どちらを書きますか?「附属」の方が重々しくてかっこいい感じもしますが、手書きの時は面倒なので「付属」と書いたりしてしまいますね。
どちらが正しいのだろうと思い、ネットを検索してみると、とても詳しく書かれている下記のホームページを見つけました。
どちらの場合もあるのですね。「付」も「附」も常用漢字ですが、「附」を使うのは「附則、附属、附帯、附置、寄附」の五つだけ、というのは覚えておきたいです。ただ、気をつけなくてはならないのは、固有名詞の場合には、どちらを使うのかが決まっているとのこと、京都府立医科大学のホームページを確認してみると、「京都府立医科大学附属病院」と書かれていました。面倒でも「附属」と書く必要がありますね。
フォローアップとサーベイランス
患者さんを治療した後は、定期的に経過観察をして、再発がないかなどを確認しますが、このような経過観察は「フォローアップ」、「サーベイランス」のどちらを使っていますでしょうか。「フォローアップ」は「経過観察」とほぼ同じ意味で、患者さんを経過観察する場合に用います。それに対して、「サーベイランス(surveillance)」は「基礎から学ぶ楽しい疫学第4版;中村好一先生著」によれば「サーベイランスとは、疾病の予防と管理を目的として、疾病の発生状況やその推移などを継続的に監視することにより、疾病対策の企画、実施、評価に必要なデータを系統的に収集、分析、解釈し、その結果を迅速かつ定期的に還元するものである。観察対象は個人ではなく集団」と書かれており、データ収集のためのシステムのことであり、個人の経過観察のときに用いる用語ではないのですね。ただ、これは疫学における定義であり、最近は、経過観察のことを「サーベイランス」と称していることもあるようです。
検診と健診
「けんしん」と聞いたら、「検診」と「健診」のどちらの漢字を思い出しますか?日本語は同音異義語が多いので混乱しますね。「検診」は英語では「screening」と記し、症状のない人から病気を見つけることです。代表は早期発見・早期治療の「癌検診」ですね。「健診」は「健康診断」の略で、英語では「health examination」「medical check-up」などで健康状態を確認する、健康であることを確認することです。人間ドックや一般健康診断などですね。
両方とも内視鏡検査などが使われる状況で用いる用語であり、間違える人が多いですね。
劣性遺伝と優性遺伝
常染色体の主な遺伝形式には、メンデルの遺伝形式をとる「優性遺伝」と、いとこ婚などでリスクが上昇する「劣性遺伝」の2つがあります。この「優性」と「劣性」の単語が、「優れている」「劣っている」とのイメージがあるとのことで、名前を変えようとする動きは、これまでもありました。
2017年に日本遺伝学会から「顕性遺伝」「潜性遺伝」と名称を変更する提案が出され、日本医学会でディスカッションされていましたが、この度、2022年1月に日本医学会より「顕性遺伝(優性遺伝)」「潜性遺伝(劣性遺伝)」と記すように通知がでました。
(参考)優性遺伝と劣性遺伝に代わる推奨用語について
http://www.nihon-eisei.org/wp-content/uploads/2022/01/1yougo-bunkakai.pdf
(参考)検討の経緯に関する参考資料
http://www.nihon-eisei.org/wp-content/uploads/2022/01/2yougo-bunkakai.pdf
これまで長く使っていた「優性遺伝」「劣性遺伝」が使われなくなることは、少し残念ではありますが、きっちりとした手順で決められたことですので、従おうと思っています。
英語からの翻訳の時に、dominantを「優性」、recessiveを「劣性」と直訳したのが問題発生のきっかけですね。私が昔、務めていた「大阪府立成人病センター(現:大阪国際がんセンター)」も、昔は英語表記が「adult disease center」との直訳的な表記だったのですが、実はこれは米国では「性感染症(sexually transmitted diseases; STD)センター」を指していることが分かり、途中で英語表記を変えました。
翻訳は難しいですね。