大腸癌の原因はウイルス?
私が若い頃、大腸内視鏡検査をしていると、大腸に腺腫が限局して多発している患者さんを時々認めました。なんとなく、そのポリープは腸管の背部側に多いような感じもあり、腸液の中にウイルスがいて、寝ている時に長時間暴露することによりウイルス性疣贅(いぼ)と同じように腺腫ができたのではないかと大胆な仮説を考えたことがありました。
その頃、私は大阪府立成人病センター(現在の大阪国際がんセンター)の研究所で勤務しており、総長はウイルス発癌でご高名な豊島久真男先生でしたので、豊島先生に相談したところ、ウイルス性を疑うポリープだったら、それを電子顕微鏡で調べて、細胞質内の電顕顆粒(ウイルス粒子ですね)を探すと良いですよ、と教えて頂き、限局的に腺腫が集まっている患者さんがいたら、そのポリープを電子顕微鏡で調べてみました。ウイルス性であれば、角張った顆粒の集簇が見つかるはずだったのですが、残念ながらゴミの様なものが数個見つかる程度で、しばらくしてその研究はあきらめました。
今、考えると、胎生期にAPC遺伝子に変異をおこしたモザイク症例だったのかもしれません。
ただ、大阪大学の宮本誠先生方の研究グループでは、自然発生大腸癌ラットを報告されていて、その原因としてウイルスが有力候補でした。
宮本誠先生の報告資料:
https://cir.nii.ac.jp/crid/1040282256546685184
ラットではウイルスにて大腸癌が発生することがあるのは確実のようですし、人でもウイルスによる大腸発癌があるかもしれません。興味のある先生がおられたら、ぜひともウイルス探しをしてください。
「為」、「尚」は漢字で書いていますか?
原稿などを書くとき、「為」や「尚」など、漢字で書くのが良いか、ひらがなにした方が良いか、迷うことはないでしょうか?
どちらでも良いようにも思いましたが、気になったのでネットで検索してみたら下記の資料を見つけました。
https://www.nichigakushi.or.jp/about/pdf/youjiyougo_kisoku.pdf
公益社団法人日本学校歯科医会から出された指針ですが、とても詳しく書かれていて、参考になりました。
「予め(あらかじめ)」、「未だ(いまだ)」、「概ね(おおむね)」は漢字で書かないのですね。私は、これまで漢字で書いていました。「頂く(いただく)」は、「物をもらう」もらうとき以外はひらがななのですね。「尚(なお)」、「従って(したがって)」、「但し(ただし)」もひらがなとは思っていなかったです。「更に」などは副詞で使うときには漢字にすることも知らなかったです。
「の為(のため)」や「して下さい(してください)」もひらがなで書くのですね。「3ヶ年」はだめで「3か年」と書くことは、聞いたことがあるように思います。「3千人」はだめで「三千人」と書くのもなんとなくそのようにしていたように思います。
「才女」や「婦人」、「未亡人」、「床屋さん」などが使ってはいけない単語であるのも知らなかったです。難しいですね。「難病」と使用しないとされていますが、「指定難病」という用語もあるので、ちょっとやり過ぎとも思いました。
パソコンで文章を書くようになって、簡単に漢字変換できるようになったので、ちょっと偉そうに漢字を多用することが多かったですが、漢字を使うのも、それなりに気をつける必要がありますね。
この日本学校歯科医会の指針が絶対ということはないと思いますが、かなり興味深く読むことができました。
大腸癌の性差
大腸癌は、男性と女性、どちらが多いのでしょうか。国立がん研究センターの「がんの統計2021」をみると下記のように書かれています。
「がんの統計20201」のホームページ
https://ganjoho.jp/public/qa_links/report/statistics/pdf/cancer_statistics_2021_fig_J.pdf
2020年の予測大腸癌死亡数:
男性28,800人、女性25,200人
2020年の予測大腸癌罹患数:
男性90,000人、女性68,600人
大腸癌の死亡数は、男性と女性はほぼ同じですが、罹患数は女性に比べて男性は1.3倍多いです。大腸腺腫に関しては、女性に比べて男性はとても多いことが知られています。
この性差は、どのような理由でおこっているのでしょうか。下記のような仮説が考えられますね。
・男性より女性の大腸癌の悪性度が高く、致死率が高い。
・女性の大腸癌の進行が速いため診断されにくい。
・女性の大腸癌は腺腫を経ないものが多い。
・女性は進行癌で発見されることが多い(あまり検診を受けないから?症状が出にくいから?)。
・女性と男性で年齢分布が違う。
・男性は大腸癌になっても他の病気で死亡しやすい。
・女性は大腸癌で亡くなりやすい(貧血の人が多いから?)
・女性の方が抗癌剤や外科治療の成績が悪い。
これらの仮説を検証する方法の一つが疫学です。どのような疫学的手法を用いたら、上記の仮説を証明できるのか、考えると疫学の勉強になりますよ。
疫学の弱点
前回のブログに記しました「3た論法」や「開業医バイアス」などを防いで真実の知見を得る方法を示す科学が「疫学」ですが、疫学も万能ではありません。疫学にも大きな弱点があります。疫学は、人集団を用いて、病気の原因や予防法、治療法を見いだす科学ですが、それらの知見を把握するためには、長時間かかることが多いです。細胞培養の実験や、動物実験などでは、結果は数時間、数日、数ヶ月で明らかになりますが、人集団で病気の発症や薬の効果をみるためには、数年、数十年の期間が必要になることがほとんどです。
代表的な疫学研究であるコホート研究では、病気の発症までに少なくとも十数年かかるため、今、コホート研究で得られた知見は、十数年以上前の状況における知見になります。急激に科学や医学が進歩している現在において、十数年前の治療法や検査法の知見ではまったく役にたたないこともあります。
十数年前には、心カテの技術や、内視鏡治療の技術も進歩しておらず、免疫チェックポイント阻害剤なども発見されていませんでしたので、その時期の治療成績で、現在のそれらを活用した治療方針を決めることはできません。また、食生活や喫煙状況なども変化していますので、過去の知見を現在の生活に当てはめることもできないかもしれません。
ピロリ菌が発見される前に大量に集積された胃癌の疫学データなどは、ピロリ菌の発見により、劇的に疫学データの解釈は変化しました。
科学は一つ一つの知見の積み重ねであるとともに、大きなブレイクスルーによっても進歩するものですので、過去の知識に固執せず、柔軟な頭で、得られたデータを解釈することが必要ですね。
開業医バイアス
開業医の先生方は、自分が名医と思いやすい状況に陥りやすいです。なぜならば、患者さんがクリニックを受診して、治療が奏功して調子が良くなったら、先生の治療が良かったと思い通院を継続しますが、良くならなかったら通院をやめて他のクリニックや病院に移ることが多いため、そのクリニックに通院している患者さんは治療が奏功した人ばかりになってしまいます。そのため、そのクリニックの先生は、「自分のところに通院する患者さんはすべて上手に治療できている」と思ってしまいます。私は、この現象を「開業医バイアス」と言っています。前回のブログで記しました「3た論法」と同じく、臨床医が気をつけるべきバイアスですね。