ブログ

多施設共同研究のプロトコール改定はとても面倒です

最近、日本においても多施設共同研究が盛んに行われるようになってきました。単施設では良い結果であっても、実は特殊な状況での試験結果であり、他の施設では当てはめられなかったことが多くあります。多施設共同研究において、どこの施設でも同一の結果であれば、他の施設でも同じ結果が得られる可能性が高くなるため、得られた結果の信頼性はより高いと言えます。ただ、多施設共同研究を行う場合には、いろいろな気をつける事があります。

2021年6月末までの医学系倫理指針における多施設研究では、研究代表者が所属する施設の倫理審査委員会(主倫理審査委員会)の審査を受けて承認を得た後に、プロトコールにその承認書を添付して各参加施設の倫理審査委員会で迅速審査を受けて個別に承認を得ていました。承認が得られた施設は、その施設長の了解が得られればすぐに試験が開始できました。その後、プロトコール改定された場合には、改定された新プロトコールが主倫理審査委員会の審査を受けて承認が得られたらその施設は新プロトコールにて試験が実施され、他施設においても各施設の倫理審査委員会でプロトコール改定の審査を受ける必要がありますが、承認されるまでは旧プロトコールで試験を実施することが可能でした。そのため、いろいろなバージョンのプロトコールが同時に進行することが多くありました。

それに対して、臨床研究法における特定臨床研究では、多施設共同研究は一括審査が原則であり、プロトコールの改定も認定臨床研究審査委員会(CRB)にて一括承認されるため、CRBにてプロトコールが改定された場合には、全施設で一気に新プロトコールに改定する必要があります。jRCTで公開されている内容が改定された場合には、各医療機関の管理者(多くは病院長)の承認を得たのちjRCTにて公開されると改定が発効し、改定内容で試験を実施することになります。jRCTにてプロトコールの改定が公開された時点において、もしも、改定したプロトコールを病院長が承認していない場合には、その施設は旧プロトコールでも試験を実施することはできなくなりますので、注意が必要です。

2021年6月30日から施行された新倫理指針「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」においても多施設研究は一括審査が原則となっていますが、改定の取り扱いについては、複数のバージョンのプロトコールが同時に行われることは許容されないと思いますので、同じような注意が必要と思われます。多施設共同研究は、気をつけなくてはならないことがとても多いので、自分ですべて対応せずに、臨床研究支援センターなどの専門家に応援をしてもらいましょう。

なお、新倫理指針「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」では、「多施設共同研究」のことを「多機関共同研究」と称することになりました。覚えるのが大変ですね。

改定、改訂、改正

プロトコールなどを変更する場合は「改定」、「改訂」、「改正」のどれでしょうか?これらの3つの言葉は紛らわしいですね。「改定」は「以前のものを改めて新しく定めること」、「改訂」は「書類の内容を改めて正すこと、文章の誤りを直すこと」、「改正」は「不備な点を改めること、事後的にそぐわないと感じられた箇所を直すこと」だそうです。プロトコールの場合は、誤植などの修正でなければ「改定」を用いることが多いですね。「改訂」は、誤字・脱字などの明らかな間違いを訂正する時に用いるのですが、教科書などで用いる「改訂版」は、「書物に改定が施されたものを指す」のだそうです。法律用語としては、「「改定」された法令文に沿うように新しく法令集を「改訂」する」と言うそうです。ただ、憲法に関しては「憲法改正」という熟語があるように、「「憲法改正」は、以前の憲法は時代が変わったので内容がそぐわないので正す」という意味で使われているようです。とてもややこしいですね。

なお、JCOGという研究グループでは「改訂」や「改正」について独自の定義を設定しているようです。JCOG関係で書類を作成されるときにはご注意ください。

前向き研究と後ろ向き研究

多くの研究で、研究タイトルに前向き(prospective)や後ろ向き(retrospective)という単語がついていますが、「後ろ向き」については、かなり混乱しているように思っていました。「ICR臨床研究入門」の口羽文先生の「観察研究・レトロ研究1」のE-ラーニングにとてもわかりやすくその混乱の理由を説明されていましたので紹介します。

口羽文先生の講義では、定義は下記のように2つあるとのことです。

定義1: 曝露とイベント発生の記録の時間的順序

  • 前向き: 曝露 → イベント
  • 後ろ向き: イベント → 曝露

定義2: 研究開始時点とデータが発生する期間の時間的順序

  • 前向き: これから発生するイベントと収集する
  • 後ろ向き: 既存資料を用いた研究

カルテの記録を基にしたいわゆる‘レトロな研究’は定義1では前向き研究,定義2では後ろ向き研究になる、とのことです。

私が考える定義は、口羽文先生の「定義1」でした。科学用語に2種類の定義があるのは、混乱を招くだけですので、これは早く整理すべきですね。

私は、定義1にすべきと考えています。定義1では、観察研究においてコホート研究は前向き研究、症例対照研究は後ろ向き研究を示しており、既存資料を用いたコホート研究は「既存資料を用いたコホート研究」と称すればわかりやすいと思います。

なお、介入試験で、「前向き介入試験」と記されていることがありますが、「介入試験」はすべて「前向き研究」ですので、わざわざ「前向き」と書く必要はないと思っています。

健康保険の適応、適用

日本においては、皆保険制度により国民全員が健康保険に入っています。世界に誇ることのできる素晴らしい制度ですが、いろいろなほころびや矛盾が出てきており、制度疲労が出ている感じですね。また、少子高齢化により予算も厳しくなってきていますので、このままの体制でいつまで維持できるのかとても心配です。

ところで、保険の「適応」と「適用」は、紛らわしい単語ですね。厚労省のホームページをみても「適応外使用の保険適用について」などと書かれており、混乱しますね。

辞書には下記のように書かれています。

【適用】(規制に)あてはめる

【適応】あてはまる

薬の「適応外使用」は、「効能にあてはまらない使用」なのでここは「適応」と書いて、保険収載されれば規制にあてはめるので「保険適用」となるのですね。

試験登録

介入試験では試験を登録することが義務づけられています。これは、薬の評価などで想定外に悪い結果になった場合、メーカーからの圧力で結果が公表されないことがあってはならないので、試験の開始前に実施する試験を登録し、試験の結果まで公表することが義務となっています。

その理由だけでなく、良い結果が出たときのみ論文化され、期待通りの結果が出なかったときには論文化されないことが多い(出版バイアス)ため、どれだけの臨床試験が行われ、期待通りの結果にならなかった試験があったかも公表すべきとの考えからも登録が必要と考えられています。たしかに、有意差のある結果の方が良い雑誌に掲載されやすいですが、差が出なかった臨床試験も、重要な人類の財産ですので、情報を共有することは大切ですね。動物実験などとは異なり、臨床試験は追試が極めて困難ですので、臨床試験はしっかり登録、公表すべきと思います。臨床研究法による特定臨床研究では、jRCTで登録、公開することが義務づけられています。医学系倫理指針による臨床試験はUMINに試験登録をすることが多かったですが、今後はjRCTに登録をまとめる方向で進んでいるようです。観察研究は、登録義務はありませんが、論文投稿の時には臨床試験の登録番号を求められることも多く、最近は観察研究も試験登録することが一般的になってきましたね。